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メタボリックシンドロームとGNH

 駅を挟む線路の両岸に2つのスーパーマーケットがある。地域住民はこの2店が繰り広げる価格競争の恩恵を受け安定した食生活をおくっている。ところが最近、駅の改修工事に伴い、駅南側に位置するS店は、工事に利用者の足を塞がれ経営の危機を迎えた。そこでS店がとった打開策は「24時間営業」。元々ここは都心に近いベットタウン、まもなく真夜中の店内は仕事帰りの人たちでにぎわいを見せた。どうやらS店の策略は功を奏したようである。大都市に眠りはない。終電が終わった駅の周りには今日も昼間さながらに若者達が輪を囲み、たむろしている。

 「体内時計」。普段意識としての自覚は無いが、からだは無意識のうちに一日のサイクルに従って、私たちが最適な生理的活動ができるような調節をしている。つまり、日中はアクティブで活動がしやすい状態に、夜には昼間の疲れを取り除く清掃作業に適した状態が、それぞれつくりだされているのである。夜行われている調整機能は一般に自然治癒力や自己治癒力(誰でも耳にするこの言葉であるが現代辞書には掲載がない)と呼ばれており、免疫機能、自律神経、ホルモンの働きがその主役を担っている。一方、19世紀末に起こった西洋医学は技術革新と共に目覚しい発展を遂げ生命の謎を解き明かしてきた。その研究の成果は日中の活動である運動や食事といった生理作用に対する患者の訴えに対応してきた。ところが、そのハイテクを駆使した西洋医学が近年難解な壁に直面することになった。最近巷でよく耳にするメタボリックシンドローム(注1)である。体内における夜の清掃作業が正しく行われず、蓄積された内臓脂肪がさまざまな症状を重複して引き起こす。オフィスアワーに仕事が終わらず、連日徹夜残業を続けているオフィスの散らかり様を想像していただきたい。寝ている間の出来事は患者も自覚症状として訴えにくく、ここに現在西洋医学の盲点が出現した。「夜の医学」、この機能は体を横にした心地よい眠りでその能力を最大に引き出すことができると言われている。しかし現代人の間では夜、横になっても尚、からだが昼間の活動に適した状態であり続ける人が増加しており、ベッドに横になってもなかなか寝付けない。朝起きても疲れが取れずだるい、といった自覚症状を生み出す。一旦、からだがこの様な状態に慣れてしまった場合、何がしらの医療処置を投じる必要がある。しかし一般に薬物療法は脂肪代謝の主役である肝臓に大きな負担がかかり、長期の服用は夜の生理活動である治癒力に大きな障害となりうる。そこで、近年多くの医師達が集い、からだに負担が少ない漢方薬や鍼灸治療といった代替・相補・伝統医学を、西洋医学の現場に導入する試みをはじめた(注2)。統合医療への動きである。代替・相補・伝統医学は西洋医学の盲点である全人的なアプローチを得意とし、さらに睡眠中の生理活動を高める可能性をも秘めている。

 対処法は生活改善、と結論付けるメタボリックシンドロームであるが、その背後で糸を操る真犯人がいるのではないか。それは、現在社会に浸透している「明るいうちは働けるし、働けば生活は豊かになる」といった常識(?)と考えられないだろうか。確かに電球の発明は太陽の沈んだ夜に昼間を作りだし、作業能力を高め人類を繁栄に導いた。しかし同時に、46億年の進化の過程で勝ち得てきた人類の叡智、自己治癒力の弱体化をも作り出してしまったと言える。私たちは、一般にからだに起こる種々の症状を機能の異常であると捉えがちだ。この異常は「からだが発する警告である」と捉えることはできないだろうか。警告の矛先は、からだという内環境のみにとどまらない。蛍光灯の消えない職場で残業を続け仕事から帰らぬ父親、真夜中のネオン街を徘徊する若者達。その症状は、家族や学校という現場において社会や文化の荒廃といった形でもあらわれている。これらの症状の慢性化は次第に身近な生活環境に対し、それが「ふつう」であるという認識を生み出す。一旦そうなってしまった症状に対しては、なにがしらの治療が必要となる事は前述した限りである。

 

文責 高田忠典

注1) メタボリックシンドローム
メタボリックシンドロームとは、内臓脂肪の蓄積によりインスリン抵抗性(インスリンの働きの低下)が起こり、糖代謝異常、脂質代謝異常、高血圧などの動脈硬化の危険因子が、一個人に集積している状態。たとえ一つひとつの危険因子の程度が軽くても重複して存在すると動脈硬化性疾患の発症が相乗的に増加するので高コレステロールに匹敵する強力な危険因子として、近年、世界的に注目されています。
(詳しくは http://health.yahoo.co.jp/katei/bin/detail?sc=ST001010&dn=2&t=key

注2) 代替・相補・伝統医療連合会議(JACT)のURL http://www.jact.or.jp/

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