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私の中にも生きていた『日本向けGNH「武士道」』の精神

出来上がったDVD  「GNH研究所」の発足時,私は興味本位で研究会へ参加した。あれから早くも約一年の歳月が過ぎ去り,コラムも毎月書くようになった。GNH研究所の活動を通して,今までには経験できない多くの事をこの1年間に経験できたと思う。それというのも全てGNH研究所代表幹事平山修一氏のお陰である。平山氏には研究所以外にも私が青年協力隊員としてブータンに居る間,英文レポートの添削,業務上のアドバイスなど多くの点でお世話になった。さて,ここで問題になるのが“どうやって平山氏に恩返しをしようか”という事である。どうにかして感謝の気持ちを伝えたいのだが,どうにも良い方法が見付からない。愛・地球博ブータン館ブータン紹介DVD「ヒマラヤからの贈り物」(写真)[*1]は当然ながら私一人の力で到底完成出来るはずもなく,多くの方々に協力して戴き完成に至った。たとえDVD販が成功であったとしても,私を含めて関係者の懐には一銭も入らない。収益金は全てブータン政府へと寄進されることになっていたからだ。それにも関わらず,製作に協力をしてくださった方々へは感謝の気持ちでいっぱいである。DVD製作に協力をしてくださった方々にもお礼をしたい。

 過去の日本に於いて人が人に対してお礼をするとき,そのお礼は一般的に贈り物や,形式的なものではなかったであろう。私自身,『武士道は「或るものに対して或るもの」という報酬の主義を排斥する(新渡戸稲造著(1899),矢内原忠雄訳(1938) 武士道 岩波文庫より一部引用)』と知る以前から,お世話になっている方への恩返しは,“物の価値”よりも感謝の“気持ち”を大切にしてお礼をしたいと思っていた。

 以前ご近所に住んでいた妹の同級生一家。そのお母さんは毎年年末になると,手打ち蕎麦を持って挨拶に来て下さる。その方曰く「うちの子供達がお世話になりましたから」と。しかし,既に10年程昔の事であるにも関わらず,律儀に毎年挨拶に来て下さる。こちらとしても何か更にお返しを出来ないかと思案する次第である。GNH研究会にしても,ブータン館DVDにしても,平山氏や関わった方々へ感謝の気持ちを金銭によらずに私は伝えようとしている。また,お世話になった事に対してどうにかして応えたいと思う。しかし“気持ち”という形にならない物に対して応えようとしているので“こうすれば応えられる”という決まった形が見当たらない。GNH研究会に関しては,自ずと平山氏の気持ちに応えようと一所懸命に努力を続けるようになった。

 何かを供与する側,される側と両方を思い返した時,“金銭”の関係ではなく“気持ちの繋り”が関係した者同士の方が,より強固な繋がりとなることを感じる。現に私も平山氏との間に金銭が仲介しなかったにも関わらず,色々とよくして戴いた事に対してどうにか応えようと必死になっている。新渡戸稲造の「武士道」にも『「正直は最善の政策なり」—— 正直は引き合うというのである。』と在る通り,自分の気持ちに素直になり,相手の厚意に対して素直に感謝の意を表すのは,金銭や物品による繋がりよりもお互いの気持ちの距離を縮め,お互いをより一層強く繋げる事になるのではなかろうか。商売にしても然り。私が自転車の部品購入などを行っているお店。決して安い値段で売っているわけではないが,きちんと整備してくれたり,こちらの我が儘を聞いてくれたりする。これからもお付き合いのあるお店となりそうである。価格以外の魅力をお店に感じれば,自ずとお客さんは引き続き通うようになるのではないか。個人間,商売の両方に共通して言えると思う。今日まで,そしてこれからも善い関係が続くのは,「“物”を媒体とせずに直接気持ちと気持ちで接していたから」ではないかと経験を通して思う。

 

文責 瀬畑陽介

参考文献  新渡戸稲造著,矢内原忠雄訳『武士道』岩波文庫,1938年

[*1] ブータン政府が出資の上1,000枚が製造され,万博開催期間中に完売した。DVDの売上金は全てブータン政府へ寄進された。

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