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Good Governance 医療における例

 最近「統合医療(Integrative Medicine)」という言葉をよく耳にする。一般に私たちが通う病院と呼ばれる施設、ここ百年でヨーロッパを中心に発展してきた「西洋医学」実践の場で「伝統・伝承医療(漢方薬、鍼灸、カイロプラクティック、アーユルヴェーダ、心理療法、イメージ療法、気功、食事(栄養)療法、アロマテラピーなど)」のサービスを始めようとする動きである。アメリカハーバード大学アイゼンバーグ博士らが93年に行った調査ではアメリカ国民の3人に1人が西洋医療以外の医療を受けていることが明らかになった。保健非加入者の多いアメリカでは高いお金を払って病院に行きマニュアル通りの薬をもらうよりは、個人を中心として手をかける代替医療を多くの人が選択したのである。国民皆保険制度をもち病院では無料に近い値段で薬が手に入る我が国では体感しにくい事である。実費を払って受ける病院以外での治療は高く感じるものの実際に西洋医療の病院でかかっている費用はその10倍であるともいわれている。医療費の予算に頭をかかえる政府の悩みの種である。

 統合医療のシステムを政府主導でいち早く進めていた国がある。最貧国に数えられているブータン王国である。国民が幸福を享受できる環境として医療費無料の政策が上げられているが、この柱を支えているのが1967年に始められた伝統医学の普及政策であった。国内に12ある県の各病院(首都を除く)には1人ずつ伝統医が配属されており西洋医と東洋医とが情報を交換しあい患者も自分の意志でどちらの医療を受けるかを選択できる。政府保健省では将来的に166あるすべてのBHU(Basic Health Unit)にも伝統医療従事者の配属をビジョンに掲げている。また使われている漢方薬の原料の85%は自国で生産されている。この政策が医療費の予算削減に大いに貢献している以上に国のアイデンティティー確立にも一役買っている事は言うまでもない。

 各国の政府の伝統・伝承医療の取り組みに目を向けると90年代、医療の現実に直面したアメリカ政府はNIH(米国国立衛生研究所)および大学研究機関への研究費用として5,000万ドルを割り当て徹底的な検証を開始している。また先進国で始まった取り組みは途上国にまで波及しており民主化が進み、薬代が高騰したモンゴルでは昔から伝わるチベット漢方薬への関心が高まっている。NGOを中心とした「漢方薬箱」の開発の例をみても西洋薬の薬箱の10分の1のコストですむという。

 我が日本は優れた健康保険制度をもち、全ての人が質の高い医療サービスを受ける事が出来る。しかしその柱となる保険制度の改革が求められる中、国民の「幸福」を享受する健康に関してなかなか実体の調査に足を踏み入れられないでいる。手術や急性感染症に関する西洋治療の効果はいうまでもない事だが、多くの中高年が抱える慢性疾患の治療効果に目を向ければ長きに渡り解決的処置とはならない「痛み止め」といった西洋薬に医療費を費やすよりも改善の見られる伝統医療の選択を薦める事が老人医療費の削減につながる可能性に政府は目もくれない。日本代替・相補・伝統医療連合会議理事長である渥美和彦東京大学名誉教授はテクノロジーの進歩によって遺伝子治療や再生医学の研究が進む結果「予防医学」中心の時代が到来する事と、統合医療の実現が地域の発展や産業の活性化につながる事を述べている。日本政府の10年後、20年後の未来を見据えた医療における「Good Governance」が期待される。

 

文責 高田忠典

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