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COMPLEMENTARY SOCIOLOGY 補完社会学

Gross National Happinessは、ブータン王国第4代ジグミ・シンゲ・ワンチュック現国王が発した、“Gross National Happiness is more important than Gross National Product”というスピーチと共に産声をあげた。

 以後、スピーチになぞり「GNPではなくGNH」をスローガンに多くの研究者が攻撃的に論議を展開してきた感がある。

 著者は社会学や経済学といった現場から遠く離れた場所でGNHを観察してきた。医療の現場である。医療と言っても未だ法律的に「医療行為」とは認められていない鍼灸、接骨、足底反射療法といった「医療類似行為」を業としてきた。最近ようやく認知され始めたとは言え、まだまだ頑固たる地位を確立しているとは言い難い。その理由は、「科学的な根拠や論証にかけている」という点であろう。現代医療の分野で社会的に研究が認められるには解剖と化学実験による一定以上の症例が必要とされる。鍼灸などに代表される伝統医学の症例には大きな個人差があるばかりか同一人物でさえ日によってコンディションが大きく変わってくるのである。理論も経験的な記録に依存が大きく、一定以上の症例を出すのは不可能と言ってよい。しかし、ここ数年欧米を中心に新しい見解が発表されるようになった。最新の現代医学の研究室で現代医学では治らないと言われた症状に効果があると実証されたのである。それまで「西洋医学か東洋医学か」という比較であったものが、この後“Alternative Medicine(代替医療)” “Holistic Medicine(全人的医療)” と希望をもった呼び名で呼ばれるようになった。最近では英国を中心に“Complementary Medicine(補完医療)”と呼ばれるに至ったのである。「現医療の不足する点を補うための医療」という位置づけである。最先端の医療研究が、現代医療以外の医療的行為すべてを“Complementary Medicine(補完医療)”と位置づけ、新たな枠組みを設けたわけである。

 ここで著者は、伝統医学が迎えた歴史的事実に直面し、GNHの未来に同じビジョンを見いだす。GNH研究は「主観」を題材に扱う。これに対し多くの学者が実証されない思考など問題外だと除外視することであろう。我々は、社会学や経済学の偉大な恩恵を享受し、今日の豊かな生活を獲得してきた。現時点で行き詰まりを見せる社会のシステムではあるが我々に既成の学問を否定する事ができようか。多くの学問に比べGNH研究はそれ自体では実体を持ち得ない。経済学、社会学、環境学・・・これらの学問を補完してこそ初めてその力を有効に活用できるのである。既成の学問の不足している点を補完していくという謙虚な姿勢には大きな意味があるのではないかと考える次第である。

 

文責 高田忠典

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